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鎌倉五名水をめぐる|武士の都を支えた清水と現在の姿

鎌倉五名水をめぐる|武士の都を支えた清水と現在の姿

鎌倉は南が海に面し、他の三方は山に囲まれた地形です。大きな川がなく、古くから湧水や井戸が生活を支える重要な水源とされてきました。

そのため、鎌倉を自転車で回ってると、昔使われた井戸(鎌倉十井)や湧水の案内を見かけたりします。

 

なかでも特に名水として知られたのが鎌倉五名水です。鎌倉時代から人々の暮らしを支え、武士の都を支えた清水として語り継がれてきました。

現在では、井戸跡や石碑としてその名残をとどめており、鎌倉の歴史や地形を知る手掛かりとして今も静かに存在しています。

そんな鎌倉五名水をサイクリングがてら回ってきました。

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鎌倉五名水とは

鎌倉五名水(かまくらごめいすい)は、江戸時代に編纂された『新編鎌倉誌』で紹介されている鎌倉の代表的な湧水をいいます。

鎌倉は、海と山に囲まれた地形のため、大きな河川が少なく、古くから良質な湧水は貴重な生活インフラでした。

鎌倉時代になると人口も増え、武士の都として多くの人々が暮らしていたことから、良質な水の確保は都市を維持するうえで欠かせませんでした。

 

鎌倉五名水の一覧

新編鎌倉誌で五名水とされているのが、梶原太刀洗水(かじわらたちあらいみず)、日蓮乞水(にちれんこいみず)、銭洗水(ぜにあらいみず)、金龍水(きんりゅうすい)、不老水(ふろうすい)です。

 

鎌倉五名水

  • 梶原太刀洗水
  • 銭洗水
  • 日蓮乞水
  • 金龍水
  • 不老水

 

しかし、時代の変化や都市化の影響により、現在では全てが当時の姿のまま残っているわけではありません。特に金龍水と不老水は現存しておらず、今はその場所で湧水を見ることはできません。

鎌倉五名水をめぐる場合は、現在も見ることができる場所と、史跡として伝えられている場所がある点を理解しておく必要があります。

 

なぜ名水が重要だったか

鎌倉駅外観

鎌倉で名水が重要になった理由

  • 大きな河川がない
  • 武家政権の誕生による人口増加
  • 井戸は生命線だった

 

鎌倉の地形の問題

鎌倉は南を海に、三方を山で囲まれた天然の要害でした。

そのため、鎌倉に入るためにいくつもの切通が拓かれました。特に有名なのが朝夷奈切通、名越切通、大仏切通といった鎌倉七口ですが、それ以外にも数多くの切通が存在しています。

切通は交通路であると同時に防衛上からも重視されました。敵から攻められたとしても、切通を塞ぐことで敵の侵入を防ぐことができたからです。

 

しかし、鎌倉は防衛には優れていた一方で、水の確保という点では課題を抱えていました。

鎌倉で有名な滑川は源流から海までの距離が短く水の量が不安定でした。

また、鎌倉の土地は泥岩や砂岩が中心で水を蓄えにくいため、雨はすぐに流出し、日照りの時期には水不足になりやすい土地でした。

このように水が確保しにくい山に囲まれた鎌倉では、生活用水の確保が最大の課題でした。

 

武家政権誕生による人口の増加

以前、私は鎌倉に住んでいたことがありますが、鎌倉は平地が少なく、谷戸と呼ばれる谷状の地形が多いことで有名です。

鎌倉時代以降、この狭い谷戸に多くの人々が集まり、数万人規模の当時では異常な数の人口が流入しました。

急激な人口密度の上昇の結果、下水が滞り、井戸水は汚染されたと伝わっています。

そのために岩盤から湧き出る湧水は、汚染の影響を受けにくい貴重な水源として大変貴重に扱われました。

 

現在の鎌倉五名水の状況

五名水といっても現存しているのが3ヵ所なので、サイクリングがてら回っても半日もかかりませんでした。

実際に訪れてみると、観光名所というより歴史痕跡めぐりに近いかもしれません。

 

梶原太刀洗水

梶原太刀洗水は、十二所のバス停から朝比奈切通に向かう途中、切通し入口の手前にあります。

梶原景時が上総広常の邸を訪ねて謀殺した後に、刀に付いた血をこの水で洗ったという伝説が残る湧水です。

 

初見だと気づきにくいかもしれませんが、鎌倉側の切通し入口(朝夷奈切通の石碑がある)から金沢街道に向かうと右にあります。見にくいですが、入口付近からも確認できます。

 

銭洗水

銭洗水は、鎌倉市佐助にある銭洗弁天(銭洗弁財天宇賀福神社)で知られる神社の水です。

源頼朝が夢のお告げを受け、夢に従って宇賀神を祀ったことが始まりと言われています。

神社の奥にある祠の湧水でお金を洗うと、何倍にもなって返ってくるという言い伝えがあり、常に多くの参拝者で賑わっています。

 

お札の場合は端を少しかける程度でもよいそうです。普段キャッシュレスなので現金を持ち歩かないのですが、この日は運よく五千円札を持ってました。

 

日蓮乞水

日蓮乞水は、大町にある鎌倉五名水の一つで、今は住宅街の中に井戸として保存されています。

1253年に日蓮が鎌倉を訪れた時、のどが渇いた日蓮が杖を地面に突き立てたところ、そこから水が湧き出たと伝わっています。

この出来事から日蓮乞水と呼ばれています。

井戸は横須賀線に沿った住宅街に設置されています。

 

金龍水・不老水

残念ながら金龍水と不老水は現存しません。

金龍水は、建長寺門前にあったといわれ、不老水は建長寺の境内にあったと伝わっています。

 

(建長寺)

 

まとめ:鎌倉における水の重要性

鎌倉五名水をめぐってみましたが、鎌倉という都市が水と深くかかわりながら発展してきたことが分かりました。

大きな河川のない鎌倉では、水不足という地形的な弱点を抱えていましたが、人々は井戸を掘り、湧水を利用することで克服しました。

武士の都として多くの人が暮らした鎌倉は、土木技術と自然の恵みによって都市を発展させてきたともいえます。

鎌倉五名水は、観光地としては目立たない存在ですが、鎌倉という都市の成り立ちを知るうえで重要な史跡といえます。

 

 

 

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